バングラシュの治安情勢

2024年7月21日に、日本政府外務省は海外安全ホームページにおいて、バングラデシュの危険情報を公表しました。

それによると、バングラデシュ全土において、「危険レベル2:不要不急の渡航は止めてください。」としました。

それまでチッタゴン(チョットグラム)丘陵地帯(カグラチャリ県、ランガマティ県、バンドルボン県)のみに発出されていたレベル2を、残りの全国土にまで拡大したのです。

理由は、もともと制度として存在していたクオータ制(独立戦争時のフリーダムファイターの子孫に、公務員採用の特別枠を割り当てるもの)を縮小したことについて、最高裁判所が違憲判決を下したことに学生運動組織が反発し、デモや交通封鎖といった抗議活動がエスカレートし、死者が出る事態となったことをうけたものです。

バングラデシュは独立したのが1971年3月26日と、わずか53年前のことです。当時の英雄と称される人々の子孫も多く残っています。現在の首相であるハシナ氏は、国父と呼ばれて国民の尊敬を集めるムジブル・ラフマン氏の長女です。いわば既得権益の守護者とみられる側の方です。この国ではまだ国内の就職や賃金の厳しい状況が続いており、公務員採用での一部特権階級の優遇が非難されることもある程度は理解できます。

それであっても、暴力を用いた抗議活動が許容される余地はありません。特に日本政府のODAで建設されたばかりの鉄道駅が放火され炎上する様子は、怒りを覚えます。せっかく国土が発展し国民生活が豊かになる契機であるインフラを、その恩恵を受ける側の人間が破壊してどうするのでしょう。

今回の件で特に影響が大きかったのは、インターネット環境がおよそ5日間にわたって遮断されたことです。原因は現時点では不明ですが、これによってバングラデシュ国内の全国民(現地に滞在する日本人等の外国人も当然含まれます)と、インターネットを通じた交信ができなくなりました。国内では外出禁止令が出たため、病院など国民の生命が脅かされる事態も出来したようです。

既にインターネット環境は戻りつつありますが、速度が非常に遅い状態が続いており、日常生活が回復するまではいましばらくかかるようです。

このような事態が発生すると、よく「正しく恐れる」ことの必要性が説かれます。

もともとバングラデシュに限らず、その国の社会情勢や文化になじみがない場合、細心の注意を払うことはいうまでもありません。

空港に降り立った直後から、移動は運転手と通訳兼ボディガードの乗車した自動車です。

ホテルは少々高値でも、安全を買うと思ってハイグレードなところを選びます。

また治安が回復した時季をみて、バングラデシュには行く必要がございます。

同国に限らず、必要な国際協力は行ってまいります。

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toyama
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