対話で紛争を解決する
紛争は、国家レベルから家庭レベルまで、本当に幅広く発生します。
紛争のない平和な世界は理想ですが、現実には厳しいことでしょう。
法律の世界では、紛争解決の究極的な手段は裁判です。訴訟を提起し、事実を裁判所が審理し、その結果としての判決を得て、法令に基づく強制力を得ることです。
ただ、裁判に至る動機は千差万別です。紛争当事者にはそれぞれに譲れない正当性があることでしょう。相談者の意向として、裁判を求める傾向があるのはやむを得ないところです。
裁判以外の紛争解決手段
ところで私の業務である行政書士業務は、原則として紛争のない状態を前提としています。例えば遺産分割や離婚に関して、証拠となる書類の作成を請け負うことはあります。どちらも数多く担当してまいりましたが、共通するのは「当事者が紛争状態にない」ことです。仮に紛争状態にある場合、行政書士はどちらかの代理人となることはできません(弁護士のお仕事です)。
では、紛争状態に当事者が置かれた場合、裁判に訴えるしかないのでしょうか?
多くの方が常識として保持しておられる感覚では、まずは「話し合いによる解決」という有効な手段があります。
当事者間でまずは冷静に話し合い、事実関係に誤解がないか、解決策としては何が想定できるのか、落としどころを模索することでしょう。そこで友人や家族などの助力を得ることも有効でしょう。
もしこの過程を経ても、決定的に決裂してしまった場合、例えば相手の顔も見たくないような民事紛争の場合、弁護士に依頼して法的な解決を求めるしかありません。
しかし、多少でも「歩み寄り」が期待できるのであれば、話し合いを継続する価値はあります。時間的、経済的な理由ももちろんですが、双方の関係性が今後も持続する場合(例えば隣近所で容易に引っ越しできない場合など)、話し合いで解決する動機付けにはなります。
ADRとは
日本では、訴訟による解決以外にも「調停」が用いられることはあります。
ただし「調停」と聞いて、普通の方は「(家庭)裁判所で行われる調停」を想像されることでしょう。離婚調停が有名です。
ところが、この調停を、裁判所以外で、行政書士等が行うことができる制度があるのです。それが「ADR」という制度です。
※ADR=Alternative Dispute Resolution、裁判に代わる紛争解決方法全般のことです。
ADRでは専門のトレーニングを受けた行政書士等が調停人となり、紛争の当事者を含めた三者が同席し、話し合いによって紛争解決を目指します。
ここで調停人は、決して自らの判断を当事者に押し付けたり、調停人が考えた一定の結論へ導くことはしません。
調停人は当事者双方の主張を整理し、争点や立場を明確にする道案内だけを行います。
実際に解決策を提示し、決定するのは紛争状態にある当事者だけです。
前提として、紛争を解決する決定権のある方だけが参加します。決定権のない方がいくら話し合っても、解決する権限がないのでは時間の浪費となる可能性があるからです。
万一解決策に至らない場合は、その場で無理に解決策を導き出すことはしません。あくまでも、当事者双方が歩み寄ることが前提です。
この紛争解決手段の素晴らしい点は、解決に至ったあとの当事者相互の満足感が非常に高いことです。
もともと、自分が完全に正しく、相手が完全に間違っているというスタンスであれば、この紛争解決手段は用いられません。ということは、双方が多少の歩み寄りをしてでも、納得のいく解決策を模索したいという欲求があることが前提です。
ただ人間は感情的になると冷静な対話ができなくなることがあります。そこで、訓練を受けた調停人が、紛争となっている事実、相互の立場、その裏側に存在する欲求やニーズを上手にくみ上げて提示することで、満足できる解決策が導かれるのです。
この紛争解決手段は、もとはアメリカで発達しました。日本では、紛争の解決手段として調停が多く利用されてきましたが、その大部分は裁判所内で行われる司法調停でした。他方アメリカでは、民間の調停センターで、弁護士など法律家ではない調停人が立ち会って、「対話」による解決を図る努力が試みられてきました。
アメリカに見られる多様なADR実践と技法開発は、日本でも法曹界や大学等の研究機関で多く紹介されました。2007年4月には、ついに「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」(通称ADR法)が施行されました。
ADRの課題
対話を促進し、当事者を支援する仕組や技法の開発が課題であることは明白です。
ただ、法施行から17年も経過していますが、このADRという紛争解決の仕組みがわたしたち市民生活に浸透しているとはとても思えません。
その理由は様々なものがありますが、私は「ADR」という英語表記をそのまま使用していることも理由のひとつだと思います。
私は英語を普通に話せますから、ADR=Alternative Dispute Resolutionという名称で、それが「代替的紛争解決」という意味であることは直感的に理解できます。しかし、そこからADR法でいうところの「対話促進型紛争解決手段」というスキーム(枠組み)には、大きな乖離があるように思います。
なによりわかりにくいですよね。
また、専門的なADRの訓練過程では、IPNを重要視します。ここではI=issue、P=position、N=needsのことをいいます。
つまり当事者双方は、何を問題としているのか(イシューの明確化)、それに対してそれぞれはどのような位置にいるのか(ポジションの明確化)、さらには双方のポジションの裏側には、どのような要求があるのか(ニーズの明確化)を行います。
このIPNを引き出して、完結にまとめるテクニックは、どうしても一定の実践的な訓練が必須となります。
ADRに参加した当事者は、熟達した調停人に促されて、話したいことをすべて話してしまったあとは、気が付くと解決策を自ら提示して、納得しています。
しかも、ADRに必要な資金は、訴訟を提起した場合はもちろん、弁護士に個別相談した場合も含めて、非常に安価であると一般的には想定されます。
私の所属している東京都行政書士会は、全国の都道府県の行政書士会としては初めて、このADRを専門的に取り扱う「行政書士ADRセンター東京」を2009(平成21)年05月25日に設置しています。
担当する業務は「外国人」、「自転車事故」、「ペット」、「賃貸住宅」の4つに関するトラブルです。
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